恐怖と『何か』と償い

「いいものを食わせてやる。」
やつは濁った目をぎらつかせながら近づいてきた。
怪しげな漢字が書かれた血のように赤く毒々しい入れ物に入れられたそれは封を開ける前にもかかわらず寒気にも似た感覚を私に与えた。
「なんのつもりだ...」
私は恐怖でつぶれそうになる声を必死にこらえながら、やつをできる限りの力で睨みつけた。
するとやつは、私が怖気づいていることに感づいたのか見下すような視線でこう言った。
「つべこべ言わず食え。」
張り詰めた空気とドスの聞いた悪魔のような声におされ、おずおずと手を伸ばそうとするも、一度危険を感じた私の体がそれを拒絶する。
背中には部屋の暑さからくるものではない汗が大量に噴き出していた。
体の感覚が麻痺している。
感じるものは伸ばそうとする手の先にある人の食べ物ではない『何か』の重々しい雰囲気だけだ。
そこで私はあることに気がついた。
「保証期限が1週間近く過ぎているっ...!!」
しかしやつはそれがどうしたといわんばかりにその『何か』を目の前に突きつける。
私は耐え切れず逃げ出した。
行く先などわからない。
とにかく遠くへ、だ。
しばらくした今でもその恐怖は鮮明にまぶたの裏に蘇る。
その後、やつとその『何か』のことは話に聞かない。
私が逃げ出したとき、仲間が2人いたが彼らがどうなったのかもわからない。
連絡がないところをみると、その『何か』にやられてしまったのだろう。
思えば数日前から原因不明の風邪が流行っていた。
そのときに気づくべきだった。
やつのたくらみ、そして『何か』の存在を。
どれだけ悔やんでも悔やみきれない。
残してきてしまった彼らはもう帰ってこないのだ。
私は彼らの分まで生きようと思う。
それが私の彼らへの償いなのだ。